第37回講演(3/6ページ)


 例えば、東京でも渋谷にビットバレーという、インターネット関連の若者がインターネット関連のベンチャー企業を作り上げているところがある。そこに行くと結構はぶりの良い若者、30歳そこそこの若者がたくさんいて、景気の良い話をしている。その一方でちょっと離れた大田区の町工場は悲惨な状況になっている。これが正に今の日本の景気、産業、経済の実態だ。したがって、全体としては良いけれども、それが全ての業種に行き渡っているわけではないというところであり、これが日本の経済の実態なのだ。

 日本は資源に乏しい国だ。経済が成長するためには企業が成長するということが絶対的に必要不可欠なのだ。そのためには、当然人を育てなくてはいけない。これが大きなポイントになる。もう一つは、日本の人口は厚生労働省が推計したよりも2年早く2005年から減少に向かっている。いわゆる少子高齢化の社会が始まっているわけだ。少子高齢化は当然ながら人口の減少を招く。人口の減少を招くということは、GDPに影響してくる。日本のGDPは2004年度で名目508兆円あるが、この508兆円のGDPを維持していくためには、人口が減るのであれば、一人当たりのGDPを増やしていかなくてはいけないということになる。一人当たりのGDPを増やさなければいけないということは、実は競争力がある製品を造っていかざるを得ないということだ。
 つまり、革新的な商品、革新的なサービスをつくって、一人当たりの所得を上げていかなくてはいけない、そういう局面に日本は突入してしまったということになる。ということは、これから日本を支えていくのが企業であるということを考えれば、実は中小企業やあるいはベンチャー企業を成長させていくことが非常に重要なことになってくるということになる。

 ベンチャー企業、中小企業を育成することは大変なことと思うかも知れないが、実は日本では、企業は最初から大企業で存在しているということはありえない。最初からある程度大企業から存在したのは、例えば、新日鉄のように、明治の文明開化の頃に国が主導して官営八幡製鉄所を国の主導で作っていく、これが今の新日鉄になっているわけだが、このような例は非常に稀なケースで、大部分の企業は中小企業、ベンチャー企業であったわけだ。トヨタなども、豊田佐吉の自動織機がスタートで、まさにベンチャー企業の草分けであったわけだ。ソニーも、ホンダも同様だ。
 ソニーは、東京大田区の町工場、ホンダの場合は静岡浜松の自動車工場であったわけだ。そういった企業が成長して、世界のホンダになり、世界のソニーになった。そういった意味では、日本も中小企業やベンチャー企業を育てて、大きくしてきた実績は持っている。
 ただ、昔と違うのは、ソニーやホンダが中小、ベンチャー企業から大企業になったときに、非常に大きな役割を果たしたのが銀行であった。すなわち、ソニーもホンダも今の東京三菱銀行が苦境に陥ったときに資金供給をして、成長を支えた実績がある。しかし、ご存知のように銀行がとてもそういう度量の大きさを発揮でいるような状況にはないと私は思っている。
 私もかつて銀行員であったが、昔に比べると銀行は企業を成長させる大いなる目的を持って行動しているとはとても思えない。目先の利益だけを追求して活動しているのではないかとみられる部分が非常に多い。とくにバブル崩壊後の不良債権の処理の問題で、信用力の相対的に低い中小企業、ベンチャー企業に対して資金供給を滞らせたことに関しては、かなり罪なる側面があると思う。

 いずれにしても、今の銀行が中小企業、ベンチャー企業を育てるという対極的な見地に立った資金供給活動を行っているかというと、とてもそのようには思えない。そうなってくると、どうやって中小企業、ベンチャー企業を育てていけばいいのかということになる。
 今から8年半ほど前になるが、1997年4月、当時の橋本龍太郎首相が金融ビッグバンで、大幅な金融自由化をやることによって金融機関を強化しよう、金融機関を強化することによって、金融機関の国際競争率をつけさせよう、更にはそれによって、国際競争力がつく企業、あるいはベンチャー企業や中小企業に直接お金が流れる直接金融のシステム、すなわち、銀行がお金を流すのではなくて、個人が中小企業やベンチャー企業にお金を流すようなシステムを作っていこうということで金融ビッグバンを実行した。
 金融自由化の最終目的は、@金融機関の経営強化、A間接金融から直接金融への転換、B多様化された資金調達手段の提供による企業の資金面での強化なのだ。

 金融制度を整備するだけでは、企業を成長させることは難しい。例えば、金融ビッグバンで国がどのようなことをやったか、株式譲渡税というのがある。株式取引で利益を上げた場合に税金を安くすることを金融ビッグバンの過程の中で国は政策として行っている。税金を安くすることで皆さん株式投資をしましょうと、個人に対して株式投資を誘う政策を実行している。しかし「こういうことをやれば税金が安くなります」とお題目をつけたからといって、「じゃあ、株式投資を始めましょう」と、国民がなびくかというとそんなことではない。

 今、個人、企業が金融機関に対して1500兆円の預貯金を行っている。これほど預貯金が好きな国民は、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスなどの先進国を見回してもない。預貯金が大好きだということは、稼いだお金がどこに流れるか、銀行に流れるということだ。銀行に流れるということは、今のご時勢では、実は非常に資金が詰まってしまう。パイプが詰まってしまうことと同じだ。銀行からベンチャー企業、中小企業へ融資というかたちでお金が流れれば、まだ成長の糧になる可能性があるが、少なくても今銀行のやっていることは、ベンチャー企業に対してスムースにお金が流れることはやっていない。銀行は何をやっているかというと、お金が入ってくれば結局国債を買うしかない。そうすると国はいい気になって、ドンドンドンドン借金を重ねてしまう。こういった悪循環が繰り返されてしまう。すなわち、国民が一生懸命働いて預金として銀行へ預ければ、銀行は結果的にそれで国債を購入することに充てるしかない。つまり、個人が国債を買っていることとそんなに変わりはしないということだ。これでは企業は成長しない。

第37回講演(4ページへつづく)