第14回講演(2/4ページ)

 

●善と悪の世界で善の園への導き
 二源論とは何か。我々の住んでいるこの地上には善と悪、この二つしかない。そして自分たち信者、ゾロアスター教徒は善で、そうでない者、異教徒は悪である。こういう考え方です。これが二源論です。そして終末論というのは、ゾロアスター教の教徒はいかなる手段を駆使してでも悪を善に導かなければならない。異教徒を信者に変えさせるんだ、そうすることによって地上が善の園になる、という考え方です。
 イラク、イラン戦争がありました。戦死者は100万を超えました。大変な戦争でありましたが国連が仲介に入って休戦という事になりました。終戦ではありません。戦争が止まっているわけです。
 なぜかというと現在のイランはゾロアスター教の伝統をズーっと持っておりますから、いかなる手段を駆使してでも悪を善に導かなければならない。ところが相手のイラクはなかなかギブアップしない。となると、善に導く事ができなかった。という事は自分たちの敗戦になる事ですからそうはいかない。自分たちの立場がある。負ける事は許されませんので、とりあえず休憩しておこうという意味での終戦という形でイ・イ戦争は終局を迎えたわけであります。
 ゾロアスター教は古代ペルシャの文化の支え、そしてズーっと強国としてあの時代、君臨してまいりましたけれど、この強さの秘密は、原点はこのゾロアスター教でありました。これこそがカフェバンと呼ばれるぺルシャン騎士を養成してきたわけです。終末論と二源論を頭の片隅に置いて、この話を聞いて戴きたいと思います。
 10世紀にフェルロジーという有名な詩人がシャーナメ、シャーというのは王、ナメは文庫、つまり「王書」と呼ばれる話です。この話の中で有名な話があります。
 私たち日本人は小さい時に浦島太郎、桃太郎、金太郎の話を聞いて、そして日本人の心を持ちます。それと同じようにイラン周辺のペルシャ文化圏の人たちは子供たちにこの話を聞かせて、そしてペルシャ人として、イラン人としての心を持たせるわけです。一種のお伽草子、伝説、このように考える事ができると思いますが、ズーっとこの話が受け継がれてまいりました。
 これはシャーナメの中にでてくるソホラーブの巻一節であるわけですが、ペルシャの国は一人のものすごい騎士がいたから栄えた、このようにいわれています。その騎士の名こそがロスタムといわれました。このロスタムこそがペルシャを代表する大変な騎士であり、そしてペルシャをペルシャたらしめた英雄でありました。
 このロスタムは疲れたので自分の国で旅をしていますと余りにも有名人ですから目立ってしょうがない。そこで、隣の小さな国のサマンガーンという国に旅をしました。そのサマンガーンでも有名なスーパースターですから、小さな町外れの旅館に泊まっておりました。目立ってはいけない、ゆっくりハネをのばしたい。そういう心境だったと思いますが、ところが宿屋の主人はあのペルシャ人の客はもしかしたら有名なロスタムではないだろうか。どうも風ぼう、これは他のペルシャ人と異なる、ロスタムではないか、そう思いました。そして役人を呼んでまいりました。
 役人に面通しをしてロスタムであるかどうか、見てもらおうと思ったわけです。「間違いない、あれはロスタムだ。」噂に聞く風ぼう、そっくりそのままだからロスタムに違いない。
 その役人は急いで馬を駆け、城に上りました。そして王様に「大変です。あの隣の大王のペルシャのスーパースター、ロスタムが我が国にきております」王様はあせりました。思いきり馬を駆け、旅館に向かいました。そしてロスタムの前にひざまづいて「どうぞロスタム様、こんな所に泊らないで城に泊ってください」と懇願しました。
 ロスタムは「私は、私的な立場でゆっくり休むために旅をしているから、そんな事をして戴かなくて結構です。」しかし王様はそんなことでは気がすみません。「どうぞ城にお上がりください。」ロスタムは王の立場をこころえ、そしていやいやながらも城に上がりました。
 さりとて王様はこんな有名な大変な客を迎えたことがない。どのようにもてなしていいか分からない。困りました。どんな接待をすればいいんだろうか。ところが「そうだ、いいことを思いついた」たった一人の王女、ハハニーネをロスタムに差し上げよう。こう思ったわけです。そしてハハニーネ王女をよんでまいりました。ところがロスタムは「私はパフレバーンだから、騎士だから戦わなければならないから、結婚して妻や子を不幸にすることはできないのでお断りする」と答ました。
 それにしても素晴らしい王女だ。こんなに美しい女性がいるのか。このように思いましたが、ロスタムはキッパリと断ったわけです。
 ところが王女のハハニーネは「それでは一晩だけで結構ですから妻にしてください」このように申し入れました。ロスタムも「そうか、一晩だけの妻ならそれでいいか」と妥協したわけです。そして二人はたった一晩だけでしたが、ちぎりが交わされました。
 朝もやつく早朝、ロスタムはなごり惜しいけれどペルシャの国へ帰らねばならない。そこで「もし、男の子が生れるようなことがあったなら、わしの左腕にはめてある銀の腕輪を息子に与えてほしい。この腕輪はペルシャの王から授けられた一番大切なものだ。この大切なものを王女に渡す。」そして腕輪を外し、彼はペルシャへと向かいました。 王女ハハニーネはあふれんばかりの涙を流して、米粒の大きさになるまで主人であるロスタムを見送り続けました。 それから十月十日後、王女ハハニーネは立派な男児を出産したのであります。ソホラーブと名付けられました。この王女ハハニーネは自分の息子ソホラーブに英才教育を施しました。その甲斐があってわずか十四歳でサマンガーンを代表する騎士になったのです。

 

●ロスタムとソホラーブ親子の運命的出会い
 当時、ペルシャ一帯の国々の戦争はその国で一番強い騎士をお互いに出し合って、そして一対一で戦わせ、勝った方がその国を貰うという方式で戦争をしておりました。どんな大きな立派な国であろうとも代表する騎士は一人。小さな国、これも同じです。この戦争であれば、どんな大戦争であったとしても犠牲者はたった一人ですむ、そういう考え方であったと言われています。
 古事記の中の「国譲りの相撲」という日本の歴史も、お相撲さんを出し合って勝った方がその国を譲り受ける、こういうルールでしたからあちこちにあったのかも知れません。 小さな国サマンガーンは14歳のソホラーブという騎士をえて、みるみるうちに領土を拡大し立派な国へと成長してまいりました。成長し過ぎたと言っても過言ではありません。なぜならばペルシャとの国境を巡って戦争になったわけです。大国ペルシャ、小国サマンガーンが戦争になり、両国が対峙しました。ペルシャから出てきた騎士はロスタム。サマンガーンから出てきた騎士はソホラーブであります。
 二人が対峙した時にロスタムは腰を抜かさんばかりに驚きました。言うまでもなく、前に立っている紅顔の美少年たる騎士は紛れもなく自分の息子だと分かったからです。それは左腕の銀の腕輪を認めたからです。そして「どうもわしに似ている。よくぞここまであの王女は育てたものだ。王女の面影もただよっている。間違いなくわしの息子だ」このように容易に理解することができました。
 戦いは始まりました。最初は立派な馬に乗って剣を持って戦うというものでした。もし、自分の国で優れた馬を持てなければ交易を盛んにして立派な馬を持つ。もし、長い立派な剣を持つことができなければ交易を盛んにして諸国から立派な剣を手に入れる。これも国力の証明の一つでありました。
 長い剣を持って両人は戦いましたけれど、勝負はつきませんでした。二人は長い剣を捨ててルールにのっとって短い剣に持ち替え、戦いを騎上で始めました。それでも勝負はつきませんでした。
 二人は馬を捨てて地上で長い剣を持って戦うことになりました。なかなか勝負がつかない。両軍は手に汗握り、かたずをを飲んでこの戦いを見守りました。大変な戦いであり、両者は泥まみれ、汗まみれになりましたがそれでも勝負はつかない。二人はやがて剣を捨て、ルールにのっとって日本流にいえばレスリングと相撲とを合わせたような取っ組み合いの格闘となりました。
 ガバッと組んだ時に今度は息子ソホラーブが腰を抜かさんばかりに驚きました。なぜなら、目を足元に落とした時、相手の足と自分の足が非常に似かよっていました。相手の手を見た時、自分の手と瓜二つでありました。「もしかしたらこの老いぼれは噂に聞くおれの父親ではないのか。間違いない、今まで戦った騎士の中でこれほど強い手ごたえのある騎士は父親であるに違いない」このようにソホラーブは感じました。そして内心「困ったな」まさかここで自分の父親と戦い、父親を殺さなければならない運命におののきながらどうしたらいいんだろうかと考えました。
 しかし、国家の名誉のために、自国のために、国民のために戦っているんだ。手を抜くわけにはいかない。どうでも戦わなければいけない。母親の顔を思いながら息子はそのように考えて戦っておりました。
 一方ロスタムはわずか十四歳でこんなに強い青年がいるとは信じられない。しかも自分の息子だ。王女はどんな教育をこの息子にほどこしたんだろうか。こう思って戦いました。
 だんだんと日が暮れてまいりました。そして漆黒の夜空となった時に、息子ソホラーブは相手はもうスタミナ切れだ。ここが勝負時だ。母親には申し訳ないが父親といえども国民と国家のためにしとめなければならないんだと決意をしたと同時に、ものの見事な一本背負いで父親ロスタムを投げ捨て、ガチッと押さえ込みました。そしておもむろに腰から小刀を取り、父親の首をはねようとした時に、下の父親が「まて!若いの、ルールが違うじゃないか。俺たちのルールーは3回目に押さえ込んで初めて首をはねることができるのに、おまえのところのルールーは1回目で首をはねることができるのか」と意義を申し立てました。いえ、とっさに嘘をついたのです。
 息子は「分かった、おまえのルール通りにやろうじゃないか」小刀を腰に収め、手を差し伸べて父親を起こしました。そして息子ソホラーブは「もう周りは暗くなって見えない。きょうの戦いはここまでとし、続きは明日もう1回仕切りなおそう」と父親に提案しました。
 父親は「分かった。こんなに暗いところではもう無理だから、おまえの主張する通り明日もう一度やり直そう」そして両軍は別れたのです。
 陣営に帰った息子は、家臣たちに問いただしました。「きょう戦ったあの騎士はおれの父親だろ」と。しかし家臣たちは口を揃えて、一様に「違います」と嘘をつきました。ソホラーブは「ああっ、みんな嘘をついているな。本当のことを言うと本気になって戦わないと思ってみんな嘘をついているんだな」と理解することができ、そして間違いなくきょうの相手は俺の父親だと確信をもつことができました。
 一方ロスタムは自分の陣営に帰った時に、「一人にしておいてくれ」と言いました。そして自問自答をしました。きょうは上手いこと言って、とっさに難を逃れ生き延びたけれど、ペルシャの栄耀栄華を誇ることのできるのも今宵限りだ。とてもじゃないが、この俺がいかに老体にむち打ったとしても息子に勝つことはできない。いや、ペルシャを代表する騎士ならば、いかなる手段を駆使しても勝たねばならない。いや、無理だ。実力的には俺には最早、息子に勝つだけの力量はない。いや、勝たねばいけないんだ。どのようにしたら勝てるか、チャンスをものにしなければならないんだ。そんなこと言ってもやはり勝つのは無理だ。
 このような葛藤を繰り返し、作戦を練ろうとしますがこれだという思い付きはありませんでした。それにしてもあの王女はよくぞここまで息子を立派に育てたものだ。自分の息子に討たれることは、逆に幸せではないか。駄目だ、私情に走ってはいけない。国家ペルシャのために、国民ペルシャのために勝たなければいけないんだ。いや、勝つことはできない。このような心の迷いを繰り返し、一睡もできずに早朝を迎えました。そしてサマンガーンから再びソホラーブが立ち、ペルシャからロスタムが立ちました。
 この両雄が再び立った時に、息子のソホラーブが「おいっ、老いぼれ。この戦いはやめよう。和睦を結ぼう。そして美味い酒、美味い料理、宴を張り踊りをみて楽しもうではないか」このように提案したのです。 ところが父親ロスタムは「若いの、何言っているんだ。俺たちはパフレバーンではないか、騎士ではないか。国家国民の名誉のために戦うのが俺たちの使命だ。戦いをキャンセルする、そんなことはできない。」父親は息子の提案を一蹴したのであります。
 息子は内心、馬鹿な父親め、せっかく救ってやろう、母親と仲良く暮らさせて本当の幸せを親孝行としてプレゼントしようとしているのに、この気持ちが分からないのか。このように思いましたが、父親に拒否されたのです。
 戦いは昨日と同じように始まりました。騎上から長い剣を持って戦いました。勝負はつかない。二人は剣を捨て、そして短い剣に持ち替えました。それでも勝負はつかない。二人は馬を捨て、砂煙が立ちこめる中で戦いましたが勝負がつかず、ついに昨日と同じように取っ組み合いが始まったのです。
 息子は、母親も頑固者だがこの父親も頑固者だ。父親と母親を仲良く暮らさせてやろう、親孝行してやろうと思っているにも関らず、なぜ子供の心を理解してくれないんだろうか。腹立たしくもありました。
 父親は父親で、息子は手加減して戦っている。俺のことばかり思い、国家国民について忘れているな。まだまだ本物の騎士ではないな。こう思いました。けれど、さりとて己の実力で息子を破ることはこれは難しい。どうなるんだろうか。とてもじゃないが、ペルシャの栄光はきょうで終ることは間違いない。国民と国のために全力を出し切って戦う、それしかないな。このように思いました。
 ソホラーブはせっかく父親と会うことができたのにこんな宿命、父親を倒さなければならない。殺さなければならない。こんな立場にある俺は不孝者なんだ。何とか戦いを回避して、この父親を自分の国に連れ帰り母親を喜ばしてやりたい。何かいい方法はないだろうか、母親の笑顔がみたい。
 このように思い戦っておりましたが、その矢先、息子ソホラーブは目の前の石ころにつまずいてコロッとひっくり返ったのです。父親ロスタムは見逃すことはありませんでした。ガバッと息子のソホラーブを押さえ込み、腰から小刀をとり、うむを言わせず息子の首を「えいっ」とばかりにはねたのです。あたかも、鯨の潮吹きのように血がほとばしりました。

第14回講演(3ページへつづく)