第46回講演(5/5ページ)
<果敢な対応を迫られる企業経営>
基本的にはどうしたら良いか。これは難しい問題です。まず第一に、私が疑問に感じていることは、企業の規模、事業規模を何とか大きくしようという動きが日本の社長さんにたくさんあって、もっと言ってしまえばM&A、合併、提携、そういった類の、企業と企業が仲良くなって、時には一緒になって規模を大きくすることによってメリットを得ようとする動きが非常に強いわけです。またそれがブームになっているということです。
ここのところ専門家の間では、ブーム熱は冷めたと言われていますけれども、何かありますと新聞にいつも出てきます。ちょっと信じられないような合併も行なわれています。合併というのは、機能競争相手だったのが一緒になるわけですから、競争相手が完全に一つは減ってしまうわけです。ですから、お互いに大変なメリットがある。
しかし、私の専門である産業組織論の分野から実証研究を何回やっても、こういうかたちで合併した企業の成功率はかなり低いことがわかっています。うまくいかないのです。
実際に私が勤務していた日本勧業銀行は、私が辞めて次の年に第一銀行と合併しました。トップの人の話をこの前聞きましたら、あれから大変だったようです。名目的に一緒になったけれども、とにかく第一銀行と日本勧業銀行との調整がつかなくて、例えば支店長を誰にするとか、事業部長を誰にするとか、けんかだった。実際何とか一緒になったのは10年以上かかったということです。
そういうことも含めて、合併がうまくいった例がほとんどない。それにもかかわらず合併することは、何か別に良いところがあるかです。政治的な発言力が増えるとか、業界における地位が向上するとか、合理的な理由があります。
流通業であれば、我々の支店は関西が主体ですが、相手のスーパーは東京から北のほうが主体だというところから、これらが一緒になると日本全国で事業展開ができるということです。しかし、本当にそうなるかどうかわかりません。私はあまり規模を問題にしないほうが良い。これからは、この苦難の時代に、不確実性の大きな時代に規模を大きくしようとかはあまり考えないで、できるだけ小さいほうが良いかもわかりません。
どのような事業でもそうです。ですから、この前お話を聞きましたら中小企業は上場したくないのだそうです。
上場の件数はここのところ減っているそうです。そんなことをしている暇があったらもっとビジネスをキチンとやりたいということのようです。もちろん上場するための費用もかかりますけれども。せいぜい年商800億、900億くらいでも上場して儲けが出るのは100億もないだろう。それだったら上場しないでいいから、このまま得意な分野に力を入れていけば良いのだと。私は、それは正解だと思います。
自分たちの規模を大きくするよりも事業内容をキチンと定めて、専門用語でコア・コンピタンス(他社に真似できない核となる能力)というわけですが、実力のあるところを育てていく。そういう類のことが大事になってきます。大から小への転換ということです。
それから、変化対応型というのは要するに変幻自在、つまり規模が小さいわけですから、小回りがきくと言ってもよろしいでしょう。どんどんビジネスを変えていく、そうでなければ負けてしまうわけですから。大企業にはそれはできません。大企業はその一分野でやろうとしてもなかなかできません。スピンアウト戦略(会社の一部門を切り離し独立させること)とか、会社の中に子会社を作らせるとか、色々工夫しています。
実際には市場の変化にどんどん果敢に対応していくことが必要になってきますので、なかなか言うは易く行なうは難しいわけでして、これは例えば、私は流通問題が専門ですが、菱食という三菱系の食品卸がありますが、社長さんの話を聞きました。「もう私どもは流通業だなんて言ってないで、変化対応業だ。何か変わったことがどんどんできるような企業じゃなくてはならない」と言っていました。この方は早くから卸売事業の危機を感じていらっしゃいました。私も色々卸売事業の方を存じ上げていますが、当時危機感を持っている経営者はいませんでした。その方のお話をお聞きしてこの会社は伸びるなと思いましたが、案の定伸びていました。
何てことはないのです。ダンボールに食品を入れる商売道具、レイアウトの本とか、そういうのをちょっと詰めて送るのだと言うのです。何処に送るのか、青森の山の中の小売店に送ると言うのです。そういうことを限りなくやっていく。菱食がそれをやりました。
これをリテールサポートと言います。小売業者のために小売業者になってしまうわけです。あんな大きな会社が、青森県の山の中の小さな小売業に商売道具の、色々なツールをダンボールに入れて定期的に送るのです。そんなことをやっていてびっくりしましたが、見事に成功しました。そういう時代の流れに果敢に対応していくことが必要になっています。
これでうまくいかないのが老舗と言われるところです。現在、色々悪いことをして捕まっています、みんな老舗です。上のほうがいやだと言うと何もできない。ですから良いことがないのです。悪いことばかりしか起こらない。悪いことはずっと隠されていますから、出てきた時にはもう大変な、二進も三進もいかない事態になっています。伝統的なとか、大きな規模のとか、名門とか、今みんなダメになっています。それは変化に対応するという気持ちがないからです。仮に気持ちがあったとしてもそれを許す雰囲気がないからです。
そういうことで、苦難の時代は変化対応ビジネス。どのようになってもこういう気持ちがなければやっていくことができないということです。
3番目はちょっと難しい話ですけれども、自分のビジネス、自分はこのあたりをやっているのだという、そういう考え方をなくさなければいけない。絶対それは必要なことで、自分は牛乳を作っていればいいのだと考えると大変な間違いです。牛乳屋さんと他のビジネスにも敵がいるということで、あっと言う間に牛乳のビジネスに入ってくる。
つまり業界と業界の垣根が溶けてしまうわけですから、自分たちのビジネスはこうだという考え方をしていたら絶対負けてしまう。それは、財務分析の先生から聞きますとその通りなのです。
ちなみに大学のビジネスはすごく大事なのです。授業料収入ですので、学生がたくさんいれば授業料がたくさん入る。すごく単純なのですが、これが危険です。私は大学がこれから伸びるとしたら、収入の源をうんと広げたほうが良い、色々なビジネスをやったほうが良い。「それ、大学がやるの?」といったようなビジネスをやれば成功する。そして、それの財務内容、財務基盤をキチンとしたものにする。その中で失敗するものもあれば、成功するものもある。
「授業料収入があれば良いのだ」と。長い間大学はそのことに気がつきませんでした。これがダメなのです。色々なお金の入る道を探していくことで、その大学だけではありません、他のところもそうです。
このようなことを考えますと、結局のところ大きな規模を狙うのではなくて、そこそこの規模で、そして変化にすぐ対応できるかたちで、そしてあまり固定的に自分のビジネスを考えてはいけないということであります。
私も会社の社長ではありませんので、言うだけですから大変申し訳ないのですが、多くの方々のお話を聞いていますと、どうもそのあたりをしっかりやることが、この苦難の時代に勝ち残る大変大事な要素だということがわかってきました。それがもしかしたら、第三者が見てどのようなビジネスなのかわからない、あるいはいかがわしいということになるかも知れない。もっと言ってしまえば、いかがわしいビジネスのほうが可能性があるというつもりで、いつかそのお話をみなさんの前でしたわけですが、今もその考えは変わりません。おわりに
構造改革の話をしてきましたけれども、自助努力です。「天は自ら助くる者を助く」と、そんなのは当たり前だということですが、中小企業の方とお話していますと、とんでもない話が次から次へ出てきます。政府に何とかしてもらう、あるいは業界に何とかしてもらうと、平気でお話なさるのです。特に農業関係はそれが多いので、びっくりします。
8年間、中小企業診断士試験委員をやりました。中小企業診断士試験はずっと続いていますが、今から8年前に正式に国家試験になりました。その関係で中小企業の方に色々お話を伺いました。中小企業は元気ならば良いのですけれども、元気がない。やはり他人を頼ってしまう、業界を頼ってしまう、政府を頼ってしまう。自分で何とかするという気持ちがないのです。
それはかたちの上では、例えば異業種交流とか色々ありまして色々努力をする。商店街の振興もそうですが、ものすごく努力しています。先程もNPOのお話がありましたけれども、商店街の活性化などは1、2年でできるはずがない。もう、何十年かかるか。その専門家は商店街に骨を埋めるようなかたちで関与しています。私の存じ上げる女の方は、最初にあった時は本当に美しい方でしたけれども、今は大分シワが増えてしまいました。それでもコンサルタントをしているその商店街は立派に育っています。やはりそのくらいの、自ら何とかやっていくという気持ちがなければ中小企業はやっていけません。
中小企業診断士の方々とお話すると、本当にそういうことを痛切に感じます。中小企業診断士の方もそのような努力をされているようです。
私が言うようなことではないかも知れませんけれども、そういう点を考えなくてはいけない。それから最後の最後になりましたけれども、自分たちの生活は自分たちで守ることが大事なことです。非常に難しいことですけれども、誰も面倒を見てくれない、自分たちだけが頑張らなければいけない大変きつい時代になりました。
是非、皆様方も頑張っていただいて、成功していただければと思っています。
この内容は2008年9月19日、ホテル横浜ガーデンで行われた講演を記録したものです。講演者の話の趣旨はなるべく忠実に伝えるように心掛けていますが、プロジェクターの使用により文章化するにあたり映像説明に限界があるなど、その性質上多少異なる場合もあります。尚、記事の掲載に誤りのある場合は講演内容を優先するものとし、お詫び申し上げます。
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横浜望星倶楽部 第46回講師交流会 第2部・懇親会の様子
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