第34回講演(3/3ページ)

 

ハイフの原理
 超音波は、人間の可聴周波数範囲より高い周波数の音波として定義されます。つまり音波ですが人間の耳にはきこえません。医療領域では一般に広く応用され、最も分かり易い領域として、お母さんの胎児の診断などにも使われている、大変安全な検査法です。しかし。この超音波を強力にして、かつ光を集めるように凹面のレンズからある1点に集まるように照射すると、その集まる領域の大きさにより硬い石をくだいたり、100度近くまでその部分の温度を上昇させることができます。普通の診断用の超音波と比較すると、ハイフの焦点領域の強さは数千倍に達します。この強力な超音波を特定の強さで3×3×10mmの小さな領域が80-98度まで上昇するように設定し、さらにコンピューターコントロール下にこの小さな領域が少しづつ重なるようにセットして癌を治療するのが、このハイフです。
 超音波は届く範囲がかぎられていますし、骨や結石に反射します。身体の中では、前立腺は肛門からすぐ入ったところに位置しかつ直腸面から1cmとはなれていません。さらに周囲に超音波を反射してしまう骨もありませんし、呼吸によっても位置が動きませんので、この治療法の最も良い適応となります。
ちなみに最近では、このハイフを使って女性の乳癌に対して切らずに治すということで試験治療は始まっています。

 

装置の概要と治療方法
 残念ですが私たちの使っているハイフの機械は日本製ではありません。現在、限局性前立腺がんに対してわれわれが使用しているハイフ機器であるソナブレート500(FocusSurgery、インディアナポリス、米国)には、治療域を描出するモニターと治療のプログラム出力を調整するコンピューターが内蔵された本体、お尻から挿入する経直腸プローブ、プローブ内の温度を18度以下に調節する持続還流式冷却装置からなっています。
治療方法は腰椎麻酔といってお臍から下の部分に麻酔をかけてから、足を開いた状態で手術台に寝ていただきます。その後、プローブを肛門から挿入し、前立腺全体を治療するのに約3時間程かかります。手術後尿を出すためにバルーンカテテールといって細いゴムの管をいれます。手術後翌日の昼過ぎか翌々日には退院しますが、尿が出なくなるのを防ぐために管が入ったまま退院となり、2週間目に外来を受診していただき、管を抜いています。お腹を切りませんので血もでませんし、当然輸血もありません。患者さんにとってとてもやさしい治療法といえます。ちなみに、この手術後の禁止事項としては2点、一つは3ヶ月間自転車禁止、1ヶ月間アルコール禁止です。それ以外、何もありません。退院した翌日、つまり手術後2目目に管がはいったままゴルフをした方がいらっしゃいます。

 

ハイフの治療成績
 私はこの治療法を1993年、約11年前から前立腺肥大症の治療法として開始しました。しかしあまり結果がよくなかった。そこで何かこの方法に適しているのは無いかと考えたときに、前立腺肥大症よりも前立腺癌が向いているのではないかと考え、1999年1月から開始しました。これまでの5年9ヶ月間におかげさまで354例という多くの患者さんにこの方法を選択していただきハイフを行ってきました。そのうち術後1年以上経過して、治ったかどうか判定できる120例について集計しました。ちなみに平均年齢は69.4歳(45-87歳)、治療前の血清PSAは平均15.3ng/ml(3.39-89.6ng/ml)でした。このPSAは癌が見つかった時の値です。なお、手術後は全例何も治療しない、つまり無治療にて経過観察しています。平均の手術時間は平均2時間26分(30分-5時間56分)でした。
上記120例の結果を、世界的に最も広く使われているAmerican Society of Therapeutic Radiology and Oncologyの判定基準(Failure:術後3回連続してPSA値が増加した症例)で集計すると、78%が治ったと判定されました。

 特に先に述べた血清PSA値別に5年目の治療効果を集計すると、10J/ml以下で発見された方は92%、10-20ng/ml群は86%に対し、20-30ng/ml群は50%、さらに30J/ml以上群で発見された方は9%という成績でした。
つまり、どんな癌でもそうですが、早期に発見すればするほど治る率もたかくなります。なおこのハイフが切らずに1日で退院できるからといって手術後の合併症はゼロではありません。合併症として、23%に治療した部分の尿の通り道が狭くなる尿道狭窄がおこってきます。また、5%に睾丸に細菌が入って腫れてくる精巣上体炎、管を抜いた後も持続する排尿困難のため4%に胃カメラのような内視鏡で狭くなった尿道を広くする経尿道的前立腺切除術を行いました。また、術後1ケ月間ほど1日1枚程度紙おむつが必要であつた一時的尿失禁が1例と尿道直腸痩といって尿の通り道と便の通り道に穴があいてしまい、1年ほど人工肛門をしなければならなかった方が1例起きています。なお、術前勃起機能が認められた39例中8例(21%)に勃起機能不全と、勃起はするが精液が出なくなる逆行性射精が各4例(1%)が認められました。なお、この勃起しなくなった患者さん3例が治療を希望しましたのでバイアグラという薬を処方したところ3例とも機能が改善しました。

 

限局性前立腺がんに対するハイフの長所
 局所性前立腺癌に対するHIFU療法の長所として(1)身体に傷がつきません。(2)何回でも繰り返し治療することが可能である。(3)放射線療法など他の治療法後に前立腺に再発が認められた場合でも治療可能。(4)短期間の入院(1泊2目-3泊4目)。(5)他の方法に比べると合併症が少ない。(6)手術が簡単、(7)医療コストが安い(ちなみに初回は80万、2回目以降は60万いただいております)、などの利点があります。

 

まとめ
 全ての癌が、薬のみで完全に治せることは人類の夢です。薬で治せないにしても、身体を傷つけることなく癌を治療することは患者にとって大きな福音です。このハイフという治療法はその可能性を持っています。本当にこの治療法が役に立つのか、真の効果を判定するにはまだ時間がかかりますが、この治療法でひとりでも多くの患者さんに喜んでいただきたいと思っています。

今回、私のような者に、講演の機会を頂き本当にありがとうございました。

 

この内容は2004年9月27日シャトレーイン横浜で行われた講演に先立って内田先生が記述して、当日配付したものです。

次のページで初参加の方をご紹介しています