第18回講演(6/6ページ)

 

●金型産業にみるベンチャーの本質
 インクスという会社があります。KSP、神奈川サイエンスパーク、八年前に生まれた会社です。住友金属に務めていた方が40歳でつくった会社です。形あるものはほとんど金型にお世話になっているわけです。金型産業は日本の物に対する産業としては非常に重要な役割を背負っています。そして、日本の金型産業は精密度が非常に高いんです。なぜ高いかは、工芸品の世界だからなんです。職人さんの世界でミクロの世界なんです。
 凸凹を直して金型をつくっています。日本の自動車、一番のクライアントですが日本車の品質がいいというのも、金型産業だけではないんですが、実に精度が高いんです。職人さんが支えていると言っても過言ではないんです。
 ところが、金型産業は大田区で代表されるように町工場で行われているんです。典型的な3K職場です。3Kは土木建設業だったんですが、最近は建築現場に行くとヘルメットをとると茶髪の二十歳位の若い女性が結構いるんですね。しかし、残念ながら金型工場にはそういう若い女性は殆ど見当たりません。
 ミクロンからの違いが分かる職人さんも高齢化し、日本の金型産業は危険な領域にあります。
 で、この住友金属に務めていた山田さんとおっしゃる方ですが、日本の金型産業は危ないぞと思ったんです。自動車のドアノブを設計していたんですが、駐在でアメリカに行っていた時、3次元キャドで金型の設計をしているところを見ました。そして、日本は物を造っていくことを捨てるわけにはいかない、これを入れれば後継者不足に悩む金型職人に朗報と、金型産業を救えるかも知れないと思い、3次元キャドを導入した、金型を造るビジネスを始めたわけです。これが8年前です。
 会社を始めて2、3年位で私と出会いました。当時は従業員が10名程でした。この方は青山学院の工学部出身なんです。3次元キャドを使って金型の図面を設計するシステムは非常に高度な能力を要求されます。
 久しぶりに会社を訪問しましたら、彼の周りには東大大学院卒、アメリカのマサチューセッツ工科大学、日本でいえば東工大のような大学です。その博士課程を出た素晴らしいエンジニアが周りにいて、この3次元キャドの設計をしています。
 今、従業員は100人位。売上高は一昨年で30億。今年は50円と言っていました。非常に大成功しています。ちょっとしたアイディアで、そして金型産業の仕組みを変えようというビジネスを起こしたわけですが、金型産業をインクスが取って代わろうとしたわけなんです。

 つまり、コンピューターを使えば金型産業はもっと簡単になる。そして職人がいなくても金型をつくれる仕組みを提供し、そして説明したわけです。
 ところがまだ金型産業の町工場の経営者は、コンピューターというと「ウッ」と思うわけですね。3次元キャドというと「エッ」と思うんですね。で、彼は直接金型産業にこの3次元システムを使えば簡単ですよと言ってもわかってもらえない。それなら金型産業を使っているメーカーに売り込もうと、今ではトヨタも日産も本田も、自動車各社は殆どがインクスという会社にエンジニアを送り込んでいます。インクスは自分で金型を造るんではなくて、金型の3次元キャドを使った売り方を教えるといったビジネスをしています。ですから、教育産業ですね。
 トヨタの優秀なエンジニアを、もう100名位教育したそうです。そういった人たちが3次元キャドの使い方を学べば、トヨタが依頼している子会社、あるいは提携先の金型産業にトヨタの人がこうやったらいいよという形でノウハウが伝わるであろうと、この高齢化が進む3K職場を変えていこうと考えたわけです。
 これなんか非常にユニークです。従業員の数も少なくないんですが、成功した例だと思います。
 いわゆる会社自体は、今年は50人程採用しようと考えているとおっしゃってました。そんなに会社を大きくするつもりはないとおっしゃってました。むしろ、金型産業が活性化することが重要だとおっしゃってます。
 つまり、これからは会社を大きくすることが重要ではなくて、今ある産業をどう変えていくかというアイディアを提供していくことによって、マーケットにインパクトを与えること、これが非常に重要なことなんであって、実際にこういうことをやっている企業が日本中に出てきています。
 私はマイクロソフトのような会社がたくさんできればいいなと思います。ソフトバンクみたいな企業ができればいいと思います。ですが、インクスのような企業がたくさん出るということがやはり日本的なベンチャーであり、日本経済の活力の再活性化ということになるのではないかと思うんですね。
 大企業はそういうことを気がつきません。やはり、ある程度すき間が分かる方、小さいところ、新しいアイディアを持って、そして提供する。そして大企業を変えていく。そういった力があり得るのではないか。従来のように中小企業があるのではなくて、中小企業が大企業を変えていく。対等の関係で変えていくといった動きから、経済というのは、一つ活性化するのではないかと思い、インクスのことをお話ししました。

 アメリカの大学で人、金、物、アイディア、技術、これをまとめて新しいものを生みだして地域社会に還元していることをお話ししました。日本では残念ながらそういう機能がありません。ですが、どこかがやるのを待っていたら時間がないんです。
 で、これができるのは中小企業の経営者のみなさんが一番ノウハウを持っているんです。そして、もしかするとお金も持っているかも知れません。大企業は今、余剰人員を抱え、お金がありません。
 ひょっとするとみなさんは実はアメリカでの経営の役割を察知していかなければならない状況にあるかも知れません。いわゆる、各中小企業の社長は一人ひとりでは点です。しかし、ネットワークは非常に重要です。アメリカでも大企業でもネットワーク化して、いろいろな人を集めてよくパーティーをしたり、レクチャーをしたりして、このような活動を重視しています。
 日本でもみなさんが東海大学を軸にして、ネットワーク化することは重要です。これによって点と点が線になります。これを活動の拠点にするには面にならなければなりません。面になるということは、ただ単に情報が横に流れるのではなく、活動になっていかなくてはならないわけです。
 エンジェルが草の根コンソーシアムになって、そして次世代の起業家をつくっていくというように、何かを生みだす活動になっていく。そういうことが線が面になることだと思います。
 大企業にない、非常に機動性のある融通のきく点で、中小企業は利点を持っています。尚且つネットワークを持つということは、何がいいかというと大企業の持つ情報の共有化、お互いに学習し合うこと、これがいわゆる面になる利点なんです。単なる情報の共有化だけではなく、活動すればもっとさらに深みにつながるノウハウになっていくわけです。
 本当は東海大学がアンデュロプロデュースセンターをつくってくだされば一番いいんですが、もし、そういうアイディアがあれば、私は率先して参加したいと思います。大学を動かす以前に、みなさんの力が一つになって、是非、点から線になり、面になって次世代の起業家をつくって戴きたいと思っています。
 起業家のメカニズムをつくるのは、やはり「会社をつくって、そして会社の経営をしていらっしゃるみなさんでしかない」ということを最後のメッセージとして私の今日のお話しを終わりにしたいと思います。

 

この内容は1999年4月22日ホテル横浜ガーデンで行われた講演を記録したものです。講演者の話の趣旨はなるべく忠実に伝えるように心掛けていますが、文章化するにあたり、その性質上多少異なる場合もあります。尚、記事の掲載に誤りのある場合は講演内容を優先するものとし、お詫び申し上げます。